ダメ人間ブログ【ニートの愚痴と将棋の記録】

30代職歴なしニートの闇を放出してるブログです

ニンジンが嫌いな子供を安心させられないニートの話

子供の頃、嫌いな食べ物を残した時、

「好き嫌いせずにちゃんと食べなさい」

って言われた事ありますよね。

「ちゃんと食べないと大きくなれないよ」

「残したら作ってくれた人に申し訳ないでしょ」

みたいな最もな理由をつけられて逆らうこともできず、嫌いな食べ物を我慢して食べた経験は誰しもが持っていると思います。

好き嫌いはいけない

残さず食べなきゃいけない

これは、好きなものを選べて嫌いなものを残せるほど食料が豊富な国にいる子供だからこそ味わう幸せな苦労かもしれません。

子供の頃に嫌いな食べ物をムリヤリ食べるのはけっこう辛かったけど

恵まれていることに感謝して、これが当たり前じゃないということを知る

という素晴らしい教育だったと思います。

まぁ今となっては

「嫌いなものをわざわざ食べる必要ないよね、それを好きな人が食べた方がよくない?」

みたいな思考になっているので教育が成功したかは分かりませんけど・・・

まぁ本題はそこじゃないんでどうでもいいんですけどね。

ここからが本題です。

好き嫌いを許容するおじさんに救われた話

昭和生まれの多くの人は「好き嫌いせず食べる」という教育を受けてきたと思います。

教師にも親にも言われてきたので、大人は口をそろえて同じことを言ってくるうっとうしい存在みたいな感じだった人もいませんか?

私はそんな感想を大人に持っていましたよ。

そんな子供時代のある日、ピーマンを残している私に意外なことを言ってくる親戚のおじさんがいました。

うろ覚えですが、その時の会話がこんな感じです。

「ん?ヤス、ピーマン食べないのか?」

「え?あとで食べるよ、嫌いだから避けてるだけ」

「あ~そうか・・・おじさんも子供の頃はピーマン嫌いだったよ、食べたフリして捨ててたっけなぁ・・・」

と過去の悪事を暴露してくるおじさん・・・

そして、ここでテンプレ大人とは違う、子供にとってちょっと救われる言葉を言ってきたんです。

「でもな、ピーマンなんて食べなくて大丈夫だぞ、おじさん、ピーマンを食べなかったのにちゃんと大人になってるだろ?」

「誰にも言わないから残しちゃっていいよ」

と・・・

この思いがけない言葉に、子供心ながらずっと背負っていた重荷をスッと下ろしてくれたような感覚がしたんですよね・・・

このおじさんが妙に大きく見えた瞬間でした・・・

大っ嫌いなピーマンを食べなくても大丈夫

というのはくだらないようで子供には大きなことでしたから。

まぁ「他人の子供だからてきとうに甘やかしてんだよ」みたいなことを思う人もいるかもしれませんが、救われた私としては「飴とムチ」のような感じでたまには優しい人も必要なんだと思いましたね。

ガンジガラメに縛ってしまうと逆に歪んでしまうかもしれませんから・・・

時にはゆるめる必要もあるなと・・・

そしてこの出来事から25年以上が過ぎ・・・今は私がおじさんと呼ばれる立場になりました。

この記憶が頭の片隅の残っている私は、いつかあのおじさんみたいな「優しい親戚のおじさん」になりたい願望が少なからずあるような気がします。

しかし、今の私にはそれができないという悲しい現実が襲い掛かってきました・・・

ニートは反面教師として最強、安心感を与えるのは不可能

私を救ってくれた

「食べなくても大丈夫、おじさんは食べなかったのにちゃんと大人になってるだろ?」

という言葉・・・

いつかは言ってみたいけれど・・・

これを言うには立派な大人になっている必要があるんですよね・・・

立派な大人っていうのはとりあえず自立してるって感じでしょうか・・・

自立・・・

自立ねぇ・・・

実家暮らしで親におんぶに抱っこのニートにはキツイ言葉だよ・・・

自分で稼いで一人暮らしでもしてたら話は違うんだけど・・・

重い・・・

重いわ・・・

10年以上ニートをしてる私がこの言葉を言うのは一生無理かもしれねぇ・・・

でも、実は今から8年くらい前の中堅ニートだった頃、似たような言葉を言いかけた事はあるんですよ・・・

ただ、言えない立場だと気付き、喉から出る寸前で止めて違うことを言った悲しい思い出が・・・

親戚の小学生の子に私の理想とは逆の一言を言ってしまいました・・・

その時は子供時代の私と似たようなシチュエーションでしたね・・・

親戚で集まって食事に行った時、まさに立場を入れ替えてタイムスリップしたかのようにニンジンを避けてる子がいて・・・

「あれ?ニンジン食べないの?」

と何となく声をかけたんですよ。

するとその子は当時の私のように

「嫌いだから避けてるの・・・」

と答えました。

そして私もあの時のおじさんのように

「そうなんだ・・・俺もニンジンは好きじゃなかったよ、でも大丈・・・」

とまで言いかけた所で全然大丈夫じゃないことに気付き、とっさにニート特有の自虐ネタに切り替えました・・・

「・・・でもさ、一口だけ食べてみな?好き嫌いすると俺みたいなダメな大人になっちゃうよ?w」

と・・・

ヘラヘラ笑って言っていたと思いますが、今思うと地味に冷や汗をかいていたような気がします・・・

「危ねぇ・・・何を言おうとしてたんだ俺は・・・」

という危機感と

「何を言ってんだ俺は・・・ただの好き嫌いするなってうるさいテンプレートおっさんじゃねぇか・・・」

という悲壮感による汗だったのかな・・・

はぁ・・・最低だわ・・・

声をかけるんじゃなかった・・・

子供の私を安心させてくれたおじさんと真逆の暴挙・・・

だてに何年もゴミクズニートをやってねぇよ・・・

「ちゃんと大人になってるだろ?」

なんて今じゃ口が裂けても言えないけれど、一瞬でも言おうとしたあの頃は、まだニートのゴミクズ感がそこまで自分に刺さってなかったんだろうなぁ・・・

ニートは反面教師として最強

安心感を与えるのは不可能

っていうのは忘れない教訓にしないとダメだわな・・・

あの時、あの子は一口だけニンジンをかじったと思うけど、私を反面教師としてニンジンを食べられるようになったならそれはそれで良かったと割り切るしかないか・・・

「こうなったら終わりだ、コイツみたいになりたくない」

と思わせることこそ、ニートができる身を挺した最高の教育だよね。

小学生だったあの子も今じゃ高校生・・・いや、大学生か・・・

あの頃はハッキリと理解してなかったニートの意味もしっかり理解してる頃だな・・・

時の流れは早いもんだわ・・・

就職に失敗してニートへの1歩を踏み出さないように、あと2年後くらいにはコロナが落ち着いて普通に就職活動ができることを願っておくか・・・

最後に

ニートになると自分を例にした安心感は与えられなくなりますね。

勉強とかでも

「大丈夫、大丈夫、そんなの大人になったら覚えてないから、知らなくても困らないよ」

みたいな事を言ったりすると思いますが、それはちゃんと自立した大人が言うから説得力があるんですよね。

「知らなくても生きていける」

という証明になって安心感を与えられますから。

ニートが言うと

「え?じゃあ知らないとダメなんじゃね?だっておじさん、ニートなんでしょ?大丈夫じゃないじゃん」

って感じで

「知らないことは危ないんじゃないか」

って不安になっちゃうのが悲しい所です。

まぁ不安を与えるというのも大事かもしれないので

現状の辛い事から逃げるとこうなる

という危機感を煽るための反面教師として生きていくしかないですね。

ニートが肯定する事は否定的に受け取れ

という人生の教訓が改めて確定した瞬間かもしれません。