40代職歴なし、パンが大好きな無職です、こんにちは。
・気持ちが落ちてる時は散歩に限る
・小麦を断つのは大変
の2つをトピックにただの日記を書きます。
気持ちが落ちてる時は散歩に限る
ボーっとしてると過去の嫌な記憶が過ぎりがちそんな時はメンタルが落ちてるサイン。
このまま部屋で過ごしてると悪化する一方ってことも長年の経験で把握済み。
となるとやることは1つ。
散歩
これしかない。
軽い運動 + 日差しを浴びる
ひきこもりに足りない要素を簡単に満たせるのが大きい。
20分くらいの散歩でも頭がスッキリして元気になる気がするし、メンタルが上向くキッカケになるのは間違いない。
よく「うつ病の人は散歩するといい」って言われるのはこういうことなんだろうね。
それを実体験として納得してしまうのは鬱に近づきつつあるってことなんだろ~か・・・
なんか悲しくなるわ・・・
あ、こういうネガティブなブログを書いてる日も散歩に行った方がいいな。
ただ、散歩がメンタルに良いと言っても
何か用事がないと出歩けない
のが俺の欠点なんだよね。
なぜかボケーっと歩いて帰ってくるっていう簡単なことができない。
目的地がないと歩く意味を感じなくて苦痛なのかも。
だからいつも散歩する時は買い物がセットになる。
長く歩きたい場合は少し離れたスーパーを目的地にするんだけど、チラシを見てその店ならではの特売品みたいなのがない日は断念しがち。
結局、その途中にあるいつものスーパーやドラッグストアで納豆とかを買って終わってしまい
なんか散歩した気がしないような・・・
という軽いモヤモヤを残してしまう。
距離を稼ぐために少し遠回りすればいいんだろうけど、そういうのは苦痛度が上がるから何かが違うし・・・
どことなく散歩に効率を求める変なクセがあるんだよね。
なんでだろ?
肝心の人生には目的なんて持たず、効率の「こ」の字もなくフラフラしてんのに・・・
こういうどうでもいい事にこだわっちまうのが生きにくさの原因かもしれねぇ・・・
現状の救いなのは
ほねほねザウルス47弾
のおかげで遠くのスーパーに行く理由があることくらい。
ちょっと離れたスーパーにしか置いてないからね。
ワクワクしながら歩いてるわ。
先日は「トリケラトプス」を買うために往復24分の道のりを歩いたけど、妙に心地よくて気分転換には持ってこいだった。
前向きに歩いてるからか景色も違って見えるし・・・
明確な目的があると散歩が捗る。
あと2つ欲しいのがあるから、もう少しだけあのスーパーへの道のりは楽しく歩けそうだわ。
小麦を断つのは大変
少し前の記事でパンを食べるとお腹が重くなるから小麦を控えてる
って話を書いたけど・・・
買い物に行くたびに
小麦を断つ難しさ
をヒシヒシと感じるようになった。
安いお菓子はだいたい小麦だしね
量が多くてコスパの良かった「ビスケット」や「クッキー」が軒並み候補から外れると
手頃なおやつが見当たらない
癒し要素になる甘いものが途絶えた
っていう地味にキツイ状況になっちまってる。
手頃だった菓子パンも無しとなると楽しみがゼロに近い・・・
貧乏ニートの食生活は小麦に救われていた
と言っても過言じゃないくらい大切なものが抜け落ちた感じ。
失って気付くありがたさ。
なんか寂しい気分なのはこのせいか・・・
そもそも
パンが大好き
なんだから当たり前だけどね。
極端に小麦を断つのは精神衛生上よくないわなぁ・・・
無理しすぎるとストレスがハンパないから、主食としての小麦を控えてお菓子くらいは解禁した方がよさげ。
パンも10日に1回だけ食べるとか緩めてもいいかも。
そういえば
パン = 洋食
みたいなイメージのせいか
甘いもの食いてぇ・・・
ってスーパーの中で買えそうなものを探してたら、和菓子コーナーで見つけた
どら焼き
をカゴに入れて普通に買っちゃったんだけど
モロに小麦
ってのを食べる直前まで忘れてたよ。
和菓子だって小麦粉から作られてるものはあるのに、なぜか
どら焼きは大丈夫
って思ってしまったのが不思議。
もし選ぶなら小麦粉から遠そうな団子とか大福みたいな餅系じゃないとおかしいってのに・・・
昔からパンと思ってどら焼きを食べたことないから、無意識に別ものとして分類してたのかも。
あと和菓子の持つ謎の安心感みたいなのもあった気がする。
漠然と持ったイメージってのは勘違いを生む原因になるのかもしれないね。
最後に
散歩は気持ちいいほねほねザウルスはカッコイイ
パンが食べたい
ただそれだけの日常なのに、ギクシャクする要素が混ざってるのがダメ人間らしい崩れ方。
文字にして振り返るとアホさが際立って気持ち悪いわ。
あ~あ・・・書いて落ち込むダメパターンになっちまった・・・
こういう時は散歩に限る。
今日は本命の「ティラノサウルス」を買うかぁ・・・