ダメ人間ブログ【ニートの愚痴と将棋の記録】

「30代職歴なしニートの闇」と「現実逃避としてやってる将棋」について書いているブログです

「死にたい」って悩みを相談する相手はちゃんと選ばないとダメだよ、あなたを本当に心配してくれる人じゃないと意味がないから

コメント欄を閉じてからは減ってきたんですが、今でもたまに


「死にたい」

「死のうと思ってる」


みたいな悩みのお問い合わせが来ることがあります。


どうでもいい他人にはこの手の悩みを打ち明けないと思うので、たぶんブログを読んで、同じ死にたい気持ちを持った私に何か感じたのかもしれません。


「この人なら話を聞いてくれるかな? ちょっとは分かってくれるかな?」


みたいにね。


同じように苦しんでる人だからこそ分かる気持ちもありますから。


でも、ちょっと冷静になってほしいです。


私も死にたい側の人間だから辛いのは分かるんですが・・・


その手の相談は全くの他人にしても意味がありません


ただ話を聞いて欲しいというならいいです、それくらいなら私でもできますから。


吐き出してちょっとでもスッキリできるなら無駄でもありませんしね。


でも、もし少しでも悩みの解決を求めているなら私に打ち明けても意味がないです。


なぜなら・・・


何もしてあげられないから

助けてあげられないから


せっかく気持ちを打ち明けたのに何の解決にもならないんですよ。


「死にたい」って相談するということは、少なからず「助けて」という気持ちもありますよね?


「死ぬほど辛い現状をどうにかしたい・・・」

「どうにかして欲しい・・・」

「誰か助けて・・・」


って感じでね。


本気で死ぬつもりなら相談なんかせず、とっくの昔に死んでるって話ですから。


なので、何の助けにもならない絶対に会うこともない他人になんか相談しちゃダメです。


この手の悩みは、身近にいる


「自分のことを心配してくれて、もしかしたら助けてくれる人」


にしないと意味がありませんから。


「身近な人だからこそ言えない、言いにくい」


というのもあるかもしれませんが、だからこそ言うべきなんです。


本当に力になってくれるのは身近な人だけだからです。


会うこともない、どんな人かも分からない他人に打ち明けるくらいなら思い切って身近な人に打ち明けましょう。


あなたを助けてくれる人もいるかもしれませんから。

死にたいって言われても「死」を否定することしかできない、何の助けにもならない

いきなり冷たい書き出しに見えたかもしれません。


「私に相談するな」


と突き放されたように感じた人もいるかもしれませんから。


でもそれは誤解です、私でよければ話くらいは聞きます。


ただ、助けてあげられないし、本当に無意味に終わるから


「どうせなら身近な人に相談した方がいいよ」


という薦めです。


過去に、コメントで何度か


「死にたい」

「死のうと思ってる」


と私に相談されても大した答えはできませんでしたしね。


逆に辛い道へ進めてしまった感がなくもないです。


とりあえず死ぬのを否定して、もう1度考え直してもらう


という苦難の道へ進む選択しかできませんでしたから。


相談するってことは迷ってるってことだし、本気なら相談なんてせず勝手に死んでるんだろうから


「どちらかと言えば止めて欲しいのかな?」


と思い、もう1度考え直してもらうように説得するしかできないんですが、正直、心苦しいです。


助けてあげられないのに「死ぬな」っていうのも無責任だから


その人が苦しんでる原因を取り除けず、そのまま生きさせるのは間違ってると思うからです。


それはつまり


「辛いまま生きて苦しみ続けろ」


って言ってるのと同じことになるんですよね。


これが正しいとは思えません。


「生きろ」


と言うのなら


「生きられるように助けてあげる必要がある」


と思います。


でないとただのキレイ事を言うゴミクズと一緒だから・・・


でも、私には助けてあげることはできません・・・


かといって


「じゃあ死ねば? 別に死んでもいいんじゃない?」


と見放すのも間違ってるような気もするし・・・


助けてあげられない私が取る正しい行動は


「死を肯定すること」


なんだと思いますが、本当は死にたくなくて悩み苦しんでる人に


「死ねば?」


っていうのも違う気がするし・・・


助けてあげられないから「死なないで」とも言いにくい・・・

でも「死にたければ死ねばいい」と突き放すのも辛い人に対して冷たすぎる気もする・・・


どうすりゃいいのか分からないんですよね。


この手の相談はけっこう責任があるから難しいです。


ヘタすると自分の一言で生きるか死ぬかを決断されるかもしれないんですから・・・


重い・・・重いわ・・・


この手の悩みにはどう答えたらいいのか・・・


肯定も否定もいい感じの答えは見つからないし・・・


冷たく突き放して死を肯定するくらいなら


「1人で死ねないなら一緒に死のうか?」


と優しく死を肯定するのがベストなのかな?


これなら心がちょっとは安らぐような・・・


私もこんな答えを望んでいるような気がしないでもないし・・・


悩んでいた死が近づくことで、ちょっと冷静に死にたい気持ちと向き合えるような気もするし・・・


それで本当に死にたいのかどうなのか分かるような・・・


ここで悩むようなら死にたくないってことだしね。


一回、死を受け入れて、それで悩んだら生きる方向へ向かわせる


これがベストかな?


う~む・・・死ぬって難しい問題だよね・・・


簡単にできりゃ悩んでないって話だしさ。


こんな感じなので、私に相談してもコレといった解決にはなりません。


悩みを聞くだけなら私でもできますが、何か解決法を求めているなら身近な方へ相談しないとダメですね。


ネット上の他人に話してもどうにもなりませんから。


まずは冷静になりましょう。


そして自分がどうするべきか、ゆっくり考えてください。


「死にたい」っていう相談は「助けて」っていう心の叫びだった

私が「死にたい」って相談してきた人を助けてあげられないのに


「じゃあ死ねば?」


って言い切れないのは、自分がそれを求めていなかったからだったりします。


というのも、私も人生で1度だけ、本気で


「もう死にたい・・・」


という気持ちを人に打ち明けたことがあるんです。


病気が悪化して・・・

治る見込みもなく・・・

苦しくて・・・

辛くて・・・

どうしようもなくて・・・


「死にたい」


と思った時に初めて本気で人に打ち明けました。


死にたいけど死に切れず


「どうにかしたい、助けて欲しい、今の苦しさから解放してくれ!」


って感じでね。


その時の気持ちとしては


「死にたい」


っていうよりも


「助けて!」


って意味合いが強かったんですよね・・・


「この辛い現状をどうにかしてほしい、誰でもいい、助けてくれ!」

「死にたいくらい辛い気持ちを分かってくれ!」


ってね。


求めていたのは


「じゃあ死ねば?」


という冷たい返事じゃなく


「大丈夫?」


と受け止めてくれる気持ちでした。


その時、悩みを打ち明けた人は、私が望んでいる答え通り


「大丈夫?」


と受け止めてくれて話を聞いてくれたんですよね。


これがすごく救われたんです。


たぶん


「死にたい」


と思いつつも、心の片隅には


「まだ生きたい」


って気持ちがあったんだと思います。


そのかすかな希望をすくい上げてもらったような感じでした。


こういう経験があるからこそ「死にたい」と悩んでる人の死を肯定できなかったりします。


助けを求めてるんじゃないかって気がしちゃってね。


それに、こういう相談をする時って


「じゃあ死ねば?」


って言われないと思って言ってた気がしますしね。


「この人なら何か助けてくれるんじゃないか、話を聞いてくれるんじゃないか」


という甘えた気持ちもあったような気がします。


口では「死にたい」と言いつつも、本心は生きたい気持ちがないわけじゃないですしね・・・


だからどうすべきか迷って相談なんてしてるわけですし・・・


中には、死に向かう最後の一押しをして欲しくて相談してる方もいるかもしれないんで何とも言えないんですけどね。


「じゃあ死ねば? 死ぬのは悪いことじゃないから」


という死を肯定される一言を求めてる人もいたり・・・


この手の悩みは人それぞれなのでホント難しいです。


とりあえず、私は死を肯定されず、今の辛さを受け止めて貰えて救われた経験があるので


「死にたい」と悩みを相談されても基本は死を否定する


と思います。


たぶん救いを求めてるんだと判断しがちですから。


話を聞くだけでも違うかな・・・

ちょっとは心が安らぐかな・・・


って感じでね。


「死ねば?」って言って、本当に死なれてもモヤモヤしますし・・・


私に相談しても、基本は死を否定するので、死を薦めてあげる事はできません。


「迷ってるならちょっと冷静に考え直してみたら?」


という曖昧な返事しかできないと思うので、そうなることはご理解ください。


死を肯定してほしい時は他の方へご相談ください

こんな感じなので「死にたい」と相談されても、基本は死を否定する方向の回答になります。


実際に「死にたい」って言われると「死ねばいいじゃん」とは言いにくいですしね。


軽はずみに言ってはいけない気もしますし・・・


もし


「勝手に死ねば?」


みたいなことを言われた場合、よっぽど機嫌が悪かったか、私自身、あまりの絶望から人生がどうでもよくなりすぎて雑な対応をした場合だと思ってください。


私も毎日絶望で生きるか死ぬかの精神グラグラな人生を歩んでいますから・・・


人間なんでその時その時の気持ちで色々ですね。


でも、基本はスルーか死の否定になります。


最後の一押し、死を決定付けて欲しいという方は他の人へ相談してください。


私に相談しても望む答えはおそらく手に入りません、死への決意を揺らがせてしまうだけになりますから。


死にたい系の記事が多くて、死には前向きな人だと捉えがちかもしれませんが、意外とそうでもないのでお気をつけ下さい。


「死にたい系の記事って言葉の重みも考えずに書いてたなぁ・・・」


ってちょっと反省ですね。


死にたい死にたい言いまくってますが、


「死にたいけど死ねない、じゃあ生きるしかない」


これがこのブログの本線ですしね。


死にそこまで前向きでもありません、ウジウジして死ねないニートの愚痴ブログですから。


その辺をご理解の上、悩みを打ち明けて頂けると助かります。


最後に

「死にたい」という重めの悩みを打ち明けるなら身近な人へ

あなたを大切に思ってくれている人に伝えないと意味がありません


これが伝わればいいかなと思います。


現状を少しでも解決してくれる人に相談しないと意味がないですからね。


生きるように諭されても、現状が変化しなければ苦しいままですし・・・


今の苦しみを助けてもらえて、少しでも楽に生きられるようにしてくれる人じゃないとダメですから。


思い切って相談するならネット上の他人より身近な人へ


これを忘れないことが大切ですね。


あ、別に


「ただ話を聞いて欲しい、身近な人には打ち明けられない」


という場合なら私に打ち明けてもかまいません。


とりあえず吐き出すっていうのもスッキリしますしね。


返事をするかは分かりませんが、とりあえず読んではいるので、誰かに聞いてもらったというだけで満足できるなら協力できます。


個人的には、ブログとかツイッターを立ち上げてそこで好きなだけ吐き出す方がオススメですが、登録するのもダルいですしね。


吐き出す場がなくてモヤモヤしてて


「ただ聞いて欲しい、助けはいらない、何でもいいから吐き出したい」


という感じならこのブログの「お問い合わせフォーム」を利用してもいいですよ。


私のブログならそれなりに死にたい気持ちを書いているので、その手の話が送られても違和感はありませんから。


ピッタリな愚痴吐き場になるかと思います。


ただ、本気で死にたいと悩み、どうするか悩んでるなら思い切って身近な人へ相談しましょう。


私もちょっと助けてもらえて今があったりしますし、何かが救われるかもしれませんから。


どうせ相談するなら有意義な人へ相談する


これを忘れず、ちょっと冷静になれるといいですね。