人生詰んだニートのブログ

人生詰んだニートが「日々の愚痴」や「趣味の将棋」について書いているブログです。

【ニートの末路】人生詰んだけど死ぬまでが長い・・・

人生詰んだけど死ぬまでが長い・・・


この言葉は、ツイッターを始めた時に


「ヘッダー画像がないとちょっと寂しいかも・・・」

「でもそれっぽいヘッダーは作れないしなぁ・・・」

「仕方ない・・・とりあえずここ数年のニート人生を一言でまとめた言葉でも載せよう」


と思ってなんとなく書いた言葉です。


そこまで深い意味もない一言だったんですが・・・


今になるとこの言葉の重さがズッシリと伝わってくる気がする・・・


30代前半の時にどうにか受かったバイトで病気を抱え、わずか半年で辞めて以来、


本当に死んだように生きてきたからなぁ・・・


あれからもう7~8年も経つのか・・・


よくもまぁここまでダラダラ生き延びたもんだ・・・


今になると一瞬で過ぎたように感じなくもないけど、冷静に振り返ると今までの人生で最も苦しく長い時間だったのは事実・・・


ただ生きてるだけ


ってのがこんなにキツイことだったとは・・・


さっさと自殺すりゃ楽になれるのに


死ぬのはいいけど痛いのとか苦しいのは嫌


っていうニートらしい逃げ癖があるせいで自殺の苦痛を越えられないしさ・・・


この世にもあの世にも向き合えない逃避っぷりには目も当てられない・・・


これはアレだな・・・


もう詰んでるのに投了せず、そこから時間切れまで放置するネット将棋のゴミ野郎みたいな惨めさだよ・・・


人生詰んだニートにふさわしい末路だわ・・・


「最後の晩餐」に興味を示さなくなったら終わり

この手の話を書くとセットで思い出すのが


もし明日 死ぬとしたら最後に何を食べる?


っていう「最後の晩餐」に関する話です。


過去に似た話を何回か書いたような気がするけど もう1回だけ書きたい・・・


この手の話で


好物や高級料理


を浮かべられる内はまだ本気で死について考えてない幸せな状態だと思うんですよ。


過去の私も


「チキン南蛮」

「高級焼肉、高級寿司」

「ソフトクリーム」


みたいな好物や理想、今食べたいものを浮かべていた気がしますが、それはふざけ半分だったからそう言えてた感じがありますし・・・


そもそもこの質問は


「本当に好きな食べ物は何か」


を聞いてるだけで真剣に悩む話題でもないですしね。


みんなが食べたくなるような「御馳走」を言えば終わり


の他愛もない話ですから・・・


でも、本当に死が現実になってきた今になると


「死ぬ前に食べるとしたら何がいいかな・・・」


ってけっこう真剣に悩んだりしちゃうんですよ・・・


それで出てくる答えが昔とは違って


別に何も食べなくていいか・・・


ってなったりするからちょっと怖い。


そういうことを考えるのもめんどくさい・・・

その時になったらどうせ食欲なんてないだろうし・・・


とか思って1つもポジティブな考えにならない上に


「本当に死ぬとしたら食のことなんて後回しだよな・・・」


ってガチで死ぬことを想定してるしさ・・・


で、そうなった時に1つ思い出した話があって・・・


ちょっと曖昧な記憶だけど、今から20年くらい前に見た某バラエティ番組で


「もし明日、地球が滅びるとしたら最後に何を食べる?」


みたいな質問をされたタレントの中に


「何も食べないかな・・・」

「水を飲むかも・・・」

「もし食べるとしたら氷を食べる」


って言ってる人がいた記憶があって、その理由が


「どうせ何を食べても後悔する」

「やっぱりコレじゃなくアレを食べればよかったって思いそうだから」

「だったら味のしないものを最後に口に入れるくらいでいい」


とか答えてた気がするんだけど、この言葉の意味が今になるとなんか分かる気がするんですよね・・・


妙にリアル・・・


ちゃんと死と向き合わなきゃ浮かばない感じ・・・


っていうか、その時にこう答えた人って


もしかして本気で自殺を考えるくらい悩んでた?


バラエティでウケを狙ったわけでもなくこういう答えをするってヤベェしさ・・・


人間が持つ欲求が1つでも薄まったり消えたりしてる時って


ガチで生きることを諦めだしてる状態


なのかもしれません。


この辺が本気度の違いとして1つの目安になるのかな?


ちなみに、過去に書いた「最後の晩餐」系の記事を検索したら・・・


チキン南蛮に飽きたら死に時かなって思ったニートの話(未練があると死に切れないよね) - 人生詰んだニートのブログ


最後の晩餐は「鶏肉料理」に決まったニートの話 - 人生詰んだニートのブログ


上記の2つが見つかったけど、どちらも「食べる前提」で考えてたから


まだ本気で死と向き合ってない幸せな時期


だったのかもしれません。


とうとう食欲すら薄れだした今、ガチでヤベェ時期に入った証拠なのかも・・・


また1つ「ニートの末路」の途中で見つかったリアルな発見になりそう・・・


最後に

どうにか路頭に迷うことなく年末を迎え、


「来年は本当に厳しい1年になりそうだな・・・」

「2024年の年末とかどうなってるんだろ・・・」


と思ったのをキッカケに


現状の死についての感覚


の記録ついでに1記事かいてみました。


持病の影響とはまた違う


食欲の喪失っぷり


は「残りの余生」があとどれくらいかを心底 不安に思ってる証拠なのかもしれません。


ここ2~3年でネガティブが極まってきた感があるわ・・・


空想ですら欲を求めなくなったら終わりだよなぁ・・・


少し前に


物欲のために食費を節約してる


とか書いた気がするけど、その肝心の物欲もうっすら消えてきてるし・・・


新しい物よりも「今ある物の中で済まそう」とする感じになってるような・・・


これじゃ何のために節約してるのか分からねぇ・・・


食欲くらいは戻らないと鬱になりそうだわ・・・


なんかブログを書いてたら想像以上に悲しい年末になってもうた・・・


でもこれは年末年始のイマイチ食欲が湧かない食い物ばっかのせいってのも0じゃないと思いたい。


年越しそば

おせち料理


とかがメインになったスーパーの商品展開のイマイチさったらないしね・・・


スーパーが開いてるなら「おせち」なんていらねぇじゃねぇか・・・


この矛盾に早く気付いてスペアリブとか置いてくれ・・・


というわけで・・・


最後まで暗い話を書いておいてアレですが・・・


良いお年をお迎えください。


と言うより、良いお年を迎えてみたい・・・


来年がピンチになるのは確定だから、せめて最期くらい


「充実した1年だった」


とか思ってみたいわ・・・